カーペットの歴史

「カーペットの歴史を遡っていくと・・・なんと原始時代!?」
カーペットの歴史って考えたことはありますか?
いつから私たちの足元に当たり前にあるようになったのでしょう。
一緒にカーペットの歴史を振り返ってみましょう。

敷物のはじまり

洞窟や、岩かげに住まいをつくり生活している原始の時代…人々は冬の寒さや冷え込み、地面からの湿気を防ぐ為に、敷物をつくることを覚え、ケモノの皮や枯草、葦などを乾かして敷物としていたのです。少しでも住みよい工夫することは人間の本能であり、初歩的な生活の知恵です。

人々が敷物に求める特性は、気候、風土、環境によって異なり、入手できる材料にも地域差があります。寒い地方では冬の厳しさを防ぐ為に敷物は暖かいものであることが条件となり、暑い地方では冷んやりとした、滑らかな感触の敷物が求められるようになりました。

フェルトの敷物

時代が進み、農耕、牧畜の時代になると、オリエントや北アジアでは牧羊が盛んとなり、羊の毛を刈り取って川で洗い、手やくし、弓の弦の振動などでほぐして平らにならべ、うすいアルカリ性の液をふりかけ、足で踏んで圧力と熱を加えてできた敷物が登場しました。これがフェルトの誕生です。
フェルトの発達は敷物としての用途だけではなく、遊牧民のくつ、帽子、住居までもフェルトでつくっていたそうです。
西アジアや北アジアなどでは、フェルト敷物が無地から進化をし、毛氈と呼ばれました。彩色豊かな模様や、生地に色糸で彩色豊かな模様や、生地に色糸で刺繍を施して模様を描いたりしていました。

これに対して、熱帯地方では植物の幹、茎、皮、葉などの材料を粗く編んだ敷物をつくっていました。
この後、織物組織の敷物が誕生していくことになります。

最古の織物

世界で最も古い織物はエジプトのファイユーム遺跡から出土した、紀元前4200年頃の麻布です。
紀元前4000年頃には様々な織り方が生まれ、平織り、綾織、あじろ織り、つづれ織りがつくられていました。

最古のパイル織物

エジプトの第11王朝時代(紀元前2133~1991年)に建てられたデール・エル・バハリ葬祭殿の遺跡から出土した亜麻布が、最も古いパイル織物で、平織りのよこ糸を引上げてループパイルを形成しているものでした。

その後エジプトにおけるパイル織物の製織技術は進歩し、アメン・ホテプ4世(紀元前1377~1358年)の墳墓からは平織地の表面全体がループパイルになった亜麻織が発掘されています。

段通

たて糸2本にパイルとなる糸を結びつけて切るといった製法で、毛皮に似た織物が誕生しました。これが段通です。 しかし段通がいつ頃、どこでつくられたかという起源についての定説はなく、紀元前10世紀頃に現在のイランあたりで発祥したのではないか、という説が有力になっています。

最も古い段通としては、南シベリアのアルタイ山中パジリク渓谷の古墳から出土したパジリク段通と呼ばれる段通です。遊牧騎馬民族スキタイ人の王族の墓であり、石積みの墳墓が凍結していた為、遺跡がそのまま残っており有名になりました。製造推定年代は紀元前5世紀といわれています。

時代は一挙に紀元後16世紀に飛び、ペルシャの段通はサファヴィー朝のイスマイール帝(1504~1524年)、タハマースブ帝(1524~1576年)、アッバス帝(1587~1629年)の時代に芸術的に大きく開花しました。当時の宮廷画家の筆による数々の名品は現在もなお、欧米各国の美術館を賑わしています。
トルコ軍がサファヴィー朝ペルシャの首都タブリーズに侵入した際(1514年)、多くの織工をトルコに連れてきたとされています。
また、インドのアクバル大帝(1556~1605年)はペルシャの王廷工場の織匠や、染匠をラホール(現在のパキスタン)の宮廷工場に連れてきて段通を織らせたといいます。この時代のものをインド・イスファハン段通と呼んでいます。
ペルシャの技法はエジプト、モロッコを通って15世紀頃にはスペインに渡り、南フランスやイギリスなどにも伝えられました。

シルクロードを東に渡り、チベットから中国に伝えられたのは隋の時代とみられています。

ヨーロッパでは、1601年にフランスのジャン・フォルチェが段通の生産をはじめ、ピエール・デュポンが1605年にルーブル宮殿の一角に段通の工場をつくり、宮廷に納めたことが知られています。

英国では、1750年にウェストミンスターで段通をつくり、その後、アキスミンスター、エクゼター、ウィルトン、ムーアフィールドの各地で織られるようになり、1756年には王立美術協会が競技会を開き、賞金を賭けて大いに段通づくりを奨励したそうです。

織じゅうたんの発展

段通とは別に、12世紀にエジプトからイタリアのルッカの町にビロードという技術が伝わりました。
オランダでビロードよりももっと厚手で羊毛を使ったパイル織物を開発されました。それがモケットです。
1720年 英国ウィルトシャー州ウィルトン町の城主、ペンブローク候がブラッセル織をつくる。
1801年 フランスのジャン・ジャカールが紋紙を使って柄物をつくるジャガード機を発明した。
1820年頃 敷物にもジャガード機が応用されるようになって敷物の製法は一段と進歩し、ウィルトン織機が発明された。
1833年 英国エジンバラのリチャード・ワイトックがパイル糸に捺染したタペストリーカーペットを発明。
1839年 グラスゴーのジェームス・テンプルトンがセニールカーペットを発明。

機械化によるカーペットの大量生産はアメリカからはじまりました。
1791年にウィリアム・ピーター・スプラーグによって始められたアメリカの敷物工業が、1839年にこれに用いる力織機を発明。
1860年にアレキサンダー・スミスとハルシオン・スキナーがスプールアキスミンスター織機をつくり、特許を英国の業者に売り渡しました。
1890年には英国のブリントンとグリンウッド両社は共同でグリッパーアキスミンスター織機を発明しました。

このように19世紀にはさまざまな織り方のカーペットが開発され、20世紀に入ると蒸気から電気へおきかえられると、織じゅうたんの生産量はますます増え、種類も多くなっていきました。
織じゅうたんの普及とともに、カーペットを部屋中に敷詰めることが流行するようにもなりました。

日本では明治以降洋風建築の増加に伴い、西欧風の機械織パイル敷物の需要が増え、この敷物がウィルトン、アキスミンスター等のカーペットです。明治より大正にかけて輸入されたこれらの外国製カーペットを「じゅうたん」という名で呼びました。
中国語の「地毯」(ティータン)がその名の由来とされています。

タフテッドカーペットの発展

第二次世界大戦後、カーペットの製造方法も従来の「織る」方式とはことなる「刺す」方式が開発されたことにより、生産量を飛躍的に高めることが可能になりました。
合成繊維の登場により、新しい繊維素材が相次いで開発され、接着性に優れたラテックスが生まれました。これらの技術改新の成果のもとに、タフテッドカーペットとニードルカーペットが発展していきました。

19世紀末、アメリカのジョージア州ダルトンにキャサリン・エバンスという若い農婦が、薄い平織綿布の裏から綿糸をフックで刺してパイルを形成するという方法でベッドカバーをつくりました。これがタフテッドの起源です。
この村で生まれたこの手仕事が大好評となり、ダルトン周辺に小さな工場が続々と建てられました。
このタフティング技術を新しい分野に発展させようとして、白羽の矢がたったのが、カーペット分野です。
1945年に40インチ巾のタフティング機が開発され、仕上がりが36インチ(1ヤード)の為、ヤード機と呼ばれました。
その後、1951年に4m巾、1953年には5m巾機が開発されました。

日本へのタフティングマシンが輸入されたのは、1954年になります。
経済成長とともに一般大衆にもカーペットの需要が伸長していき、1965年、住宅建設のブームが起こり、タフテッドカーペット製造への新規参入業者が相次ぐとともに、先発メーカーも増設を繰り返しました。そして1968年、タフテッドカーペットメーカー12社により、日本タフテッドカーペット協会(現 日本カーペット協会)が設立されました。

現在のカーペットは防ダニ、防炎、防音、撥水、抗ウイルスといった様々な機能がつくようになり、より快適な商品が生まれています。
住宅事情や、環境、生活スタイルにあわせて様々な種類からカーペットを選べるようになりました。
今後の発展とともに、さらに快適な新しい商品が誕生していくでしょう。